飛び込み

ひどく暑い夜だった。

疲れが眠りを促し、渇きが目覚めを促した。

冷蔵庫に飲み物を取りに行くと、目の前に奴がいた。

微動だにしない奴を目の前に、心の動揺が隠せない私がいた。

どうにか好意的に奴を受け入れることはできないだろうか!?

イニシャルG・・・速さが増している気がする・・・。

Gブリ・・・ゴーキ♪ゴーキ♪ゴキ♪♪魚の子、無理だ。

どう見ても、虫だ。むしろ、モンスターに近い。

ふと感じる。私も大人になった。あきらめる。

長期的視点。彼を見逃した後のリスクを考える。

存在におびえる心的ストレス。行動範囲の縮小。

殺るしかない。

新聞紙を丸め、右手に装備をする。

ゆっくり。ゆっくり。

距離が段々縮まっていくのがわかる。

あいのりのナレータが言いそうだな、と心に明かりを灯す。

上段の構え。

冗談の構えでは、緊迫感を失う、と心に明かりを灯す。

微動だにしなかった奴が、微動する。

逃げの体勢。

ひるむ。

が、その反動を活かし、読売を振り下ろす。

読売が空を切る。

社会人はやはり日経にすべきだったか!?

長期的視点。

プライドを捨て、拳一個分短く握りなおし、ミートだけに徹する。

決意の時間だけ、奴を見失う。

視線が追いつき、捕らえる。

再度、決意を確認したその時。

飛んだ。

ビルとビルの間を駆け抜けるように。

2センチのジャンプは、ダイブに変わる。

食器桶が、水音を囁く。

奴は沈み、消える。



翌日、水死体となった奴は、私の母親によって発見される。

「ゴキブリって泳げないのね。

私と一緒だわ。私もまだまだ現役ね。」

母は、何を思う・・・。