頼み
武蔵小杉駅は、いつもと変わらぬ顔で、東横線を迎え入れた。
その日常感を感じたのか、何の違和感もなく、私は駅に降り立った。
何回も乗っているのに、ちょうど階段前の場所に降りられないのは、
なぜだろう!?と考えながら、毎度の大看板に目を向ける。
スポーツクラブをアピールする、年齢不詳・笑顔不自然の女性に、
オールウェイズな違和感を感じつつ、それが日常にも感じる。
エスカレータに乗ろうと、歩幅を合わせる。
疲れているときは、なぜ階段がわざわざ動いてくださっているのに、
我々人間が、そのサービスを断る理由がどこにあろうか?と考える。
そんな考えを黙殺してか、対抗してか、猛ダッシュの音が聞こえる。
後ろを見ようと振り返ったが、45度の傾けで、オブジェクトは視界に入って来た。
小さいおじさんが、エスカレータを駆け降りる。
と見せかけて、
転げ落ちる。
と見せかけて、
落ちない・・・。
転げて、終了。
と見せかけて、
なぜか、ゆっくり後頭部が角に打ちつく。
「あっ、死んだ。」
あまり考えてはいけないことを、自然に考える。
おじさん、もがく。
「あっ、生きてる。」
人の生死を、こんなに無感情に感じられたことは、今まであっただろうか・・・?
おじさん、もがく。
エスカレータ、サービスを継続する。
都会人2人、おじさんを通り過ぎ、なにも見なかったことにする。
都会人の私、なにも見なかったことにしようとうする。
おじさん、これ以上高低差が変わらない位置で、もがく。
エスカレータ、サービスを継続する。
都会人の私、おじさんに追いつく。
奄美の血が混じった私、見て見ぬ振りはできず。
首根っこをつかまれるおじさん。
首根っこをつかむ私。
サービスを継続するエスカレータ。
「頼む!」と発するおじさん。
頼まれてしまった私。
「大丈夫ですか?」と言いつつ、決して触ろうとしない都会人女性。
起き上がらさせられたおじさん。
起き上がらせた私。
「大丈夫ですか?」と再度言いつつ、決して触ろうとしない都女。
不自然な間を感じる3人。
ふと上を見上げると、スポーツクラブ看板の女が、不自然な笑いを浮かべている。
「おじさん、スポーツクラブに入って鍛えれば、エスカレータを駆けても大丈夫!!」
「頼む!」
心でそう呟き、私はその場を去った。